スポーツをもっと身近に。サフィルヴァが北海道で描く“多種目・多世代”モデル【NPO法人mirrisoスポーツ・mirriso life inc.】
- 2026-03-17
- michimichi編集部

NPO法人mirrisoスポーツ・mirriso life inc. 理事長/総合型地域スポーツクラブ Safilva 代表
札幌と白老を拠点に、年間約2100回の活動を重ね、のべ38,000人ほどの地域住民とスポーツの場をつくっている、総合型地域スポーツクラブ Safilva(サフィルヴァ)。
体育館の教室運営から、子どものマルチスポーツ、高齢者の運動機会づくり、企業と組んだ健康づくりまで——その活動は「クラブ」という言葉から想像するより、ずっと生活に近い。
豊川さんが目指しているのは、強いチームをつくることでも、特定の競技のスクールを拡大することでもない。
「一度始めたら、やめにくい」
「種目を変えたいなら、やめるしかない」
そんなスポーツの当たり前を、根っこから変えていくことだ。
※総合型地域スポーツクラブ
人々が、身近な地域でスポーツに親しむことのできる新しいタイプのスポーツクラブ。
子どもから高齢者(多世代)、様々なスポーツを愛好する人々が(多種目)、初心者からトップレベルまで、それぞれの志向・レベルに合わせて参加できる(多志向)、という特徴を持つ。
出典元:文部科学省-スポーツ庁

競技人生のなかでの挫折から得たマルチスポーツへの確信
豊川さんは、かつてプロの現場に立っていた競技者でもある。
しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。
「僕、(ポジションが)ゴールキーパーなんですけど、背が足りなくて。これでは上には行けないんだって挫折して」
印象的なのは、その後に出会った同期の存在だ。
当初は技術的に苦戦していた選手が、みるみる上達し、日本代表にまで上り詰めていった。
その差は、技術よりもっと手前の部分にあったという。
「彼は運動能力がすごくて、子どものころに本当にいろいろなスポーツをやっていた。運動のベースが高かったんですね」
競技の世界は残酷だ。努力で埋められない差もある。
だからこそ、「同じ壁にぶつかる子を一人でも減らしたい」という想いが、豊川さんの中に残った。

「総合型」にこだわる理由——「一度選ぶと、戻れない」日本のスポーツ環境への違和感
総合型にこだわる理由を聞くと、豊川さんは日本のスポーツ環境について、率直に語る。
「日本だと、野球ならずっと野球、っていうのが多すぎて。ちょっとサッカーやってみたいって思ったときに、やめるしかない。親も子どもも、プレッシャーが大きいんですよね」
“スポーツはそういうもの”と諦めてしまう前に、仕組みのほうを変えられないか。
海外視察の経験も、その確信を後押しした。
「スペインやブラジルに行ったときに、サッカーの有名クラブでもバレーボールやバスケもやれる環境があった。そういうクラブを見て、僕も日本でつくりたいなと思って」
「世界のスタンダードは、いろいろな競技をやってみて、そこから1つを選んでいく形なんですよね」
競技を早く絞ることが、必ずしも正解ではない。
怪我、燃え尽き、メンタル——リスクの分散の意味もある。
“寄り道”することは、強くなるためにも、続けるためにも、実は必要なのかもしれない。

月100円は、スポーツの「入口」をつくるため
サフィルヴァを象徴する取り組みが、月100円の子ども向けマルチスポーツスクールだ。
「いま、子どもにスポーツやらせようと思ったら、本当にお金かかるじゃないですか」
「札幌だとスクールって7〜8000円が相場。サッカーのスクール行って、他の習い事も行くとなると、それだけで2万円近く。道具も含めたら結構な負担になります」
やりたい気持ちより先に、環境が壁になる。
だから、入口だけでもできるだけ低くしておきたい。
「だったら100円で、まずはいろいろな競技をやった方がいいよねって」
印象的なのは、生徒を“囲い込まない”という姿勢だ。
サフィルヴァで続けることがゴールではない。
「そこからバスケが好きになったら、そっちに行ってもいい。何をやってもいいけれど、まずはスポーツへの入口を作らないと始まらないよなって」

子どもだけじゃない。「多種目・多世代」が総合型のキーワード
総合型という言葉には、もう一つの軸がある。
それが「多種目・多世代」だ。
「大人になって、やったことがない競技を本気で挑戦するって、あまりなくないですか」
「ド素人で集まるコミュニティがあれば、やってみようかなって思いませんか?」
「運動したいけど、行きにくい」
「常連ばかりで気まずそう」
そういう心理的なハードルを、仕組み次第で下げることができる。
子ども、高齢者、働く世代、そして企業の健康づくり。
スポーツを「競技」から「地域の日常」へ近づけていく。
それが、サフィルヴァが描く「多種目・多世代」のかたちだ。
編集後記
筆者(A.T)は、決して運動が得意なほうではない。
それでも社会人になってから、バドミントンのスクールに2年ほど通っていたことがある。
子どものころ、何気なく親しんでいた競技を、大人になっても気軽に続けられたらいいな…そう思ったのがきっかけだった。
けれど、近所の体育館は子どもたちでいっぱいだったり、予約が取れなさそうだったりと、意外とハードルは高い。
月謝を払って習い事を始めるのは、大人になればなるほど勇気がいる。
それでも、いざ始めてみるとやっぱり楽しく、運動は確かにストレス発散になった。
コロナ禍に入ってからもしばらく続けていたが、やがて仕事が忙しくなり、退会することに。
それでも、その時間は今でも良い記憶として残っている。
そして現在はというと、1年ほど前からゴルフスクールに通い、シーズン中はラウンドに行くことにハマっている。
振り返ってみると、スポーツが得意だったわけでも、上手だったわけでもない。
それでも、「やってみようかな」と思える場所があったから、始めることができた。
もし、もっと身近に、もっと手軽に、「ちょっとやってみようかな」と思える場所が増えていくなら…。
きっとまた、新しい競技にも挑戦してみたくなるのだと思う。
今回の取材で印象に残った豊川さんの言葉がある。
それは「自分事」という言葉だ。
自分自身が実際に体を動かし、スポーツをしていれば、それはもう“他人事”ではなくなる。
子どもも、大人も、高齢者も。スポーツを通じてつながれば、自然と“仲間”になる。
だからこそ、子どもたちが気軽にスポーツを楽しめる環境をつくることも、その取り組みを応援することも、サフィルヴァだけの話ではなく、私たち一人ひとりの「自分事」なのかもしれない。
A.T自身も、スポーツをもっと“自分事”として捉えていきたい。
そう思わせてくれる時間だった。



