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「地に足のついた事業をやりたかった—ゲーム開発者がたどり着いた、事業承継という選択【クリエイピア株式会社】

  • 2026-04-30
  • michimichi編集部
クリエイピア株式会社 代表取締役・藤井 優
クリエイピア株式会社 代表取締役の画像

北海道には、後継者がいないまま、静かに終わりを迎えようとしている事業が数多くある。

実際、日本の中小企業の約半数が後継者不在と言われ、経営者の多くが60歳を超えている今、さらに廃業は増えていくと見られている。

そうした現実を前に、「そのまま終わらせてしまうのはもったいない」と語るのが、クリエイピア株式会社 代表の藤井優さんだ。

「何十年も続いてきた事業には、それだけの理由がある。地域の中で役割を持ち、必要とされ続けてきたからこそ、今も残っている。それを今の時代に合わせて引き継げば、もう一度、確実に機能する形にできるはずなんです」

藤井さんは現在、北海道を拠点に、後継者不在の事業を引き継ぎ、再生する取り組みを行っている。

ゲームクリエイターとしてキャリアをスタートし、大手IT企業MIXIの投資部門を経て彼がたどり着いたのは、華やかなスタートアップの世界ではなく、札幌の街に根ざした一軒のパソコン教室だった。

なぜ、時代の最先端を歩んできた若き才能が、あえて「事業承継」という泥臭い現場を選んだのか。

その裏側には、冷静で客観的な判断と、自身が描く「勝ち筋」への一貫した考えがあった。

ホラーゲーム「CRUELTY」のパッケージ画像
パソコンゲーム用としてリリースしていたホラーゲーム『CRUELTY』が今年PS5やSwitch向けにリニューアル

「Unity」から「Unreal Engine」へ―技術的試行錯誤の果てに

藤井さんのキャリアの原点は、大学時代に個人事業主として活動していたゲーム開発だ。

当時、彼は「ホラーゲーム」を中心に制作していたが、その選択には明確な理由があった。

「YouTubeのランキングを分析すると、ホラーは実況されやすく、固定客も多い。個人が低コストで制作しても、確実に認知を取れる市場だと分かったからです」

大学でプログラミングを学びながら、「どの市場にどの技術を投入すれば勝てるのか」を冷静に見極める。

この「徹底した分析」は、その後のキャリアにも通じている。

当初はUnityで開発を始め、一度は形にした。

しかし、市場の要求がよりリアルなグラフィックへ移行していることを察知すると、即座にUnreal Engineへと開発環境を切り替えた。

習得した技術に固執せず、必要に応じて手段を選び直す。

その試行錯誤の果てに、独力で開発したゲームのライセンスを東証プライム企業に売却するという、学生としては異例の実績を残した。

ゲーム開発に取り組む中で彼は、この時すでに「何を作るか」だけでなく、「どこにどのように届けるか」の重要性を意識していた。



講師が室内のパネルを指差しながら生徒に説明している様子

クリエイピア株式会社 代表取締役の画像

大学卒業後、株式会社MIXIに入社した藤井さんは、ゲームプログラマーを経てCVC(投資部門)に身を置く。

そこで目にしたのは、巨額の資金が動くスタートアップの最前線だった。

しかし、数多くの企業の興亡を目の当たりにする中で、ある違和感が芽生え始める。

「現状の実績以上に、将来の期待で評価されるビジネスモデルへの違和感でした。複数の投資先の中から一部の成功を前提とするやり方は、どこか自分には合わなくて。僕がやりたかったのは、積み上げた努力が確実に形になり、地に足をつけて利益を生み出し続ける事業でした」

誰かの挑戦を支援する側ではなく、自分が主役として、手応えのある商売をしたい。

その渇望が、彼を「実業」の世界、すなわち事業承継という道へと向かわせた。



パソコン教室「ディードットステーション札幌東教室」の外観
パソコン教室「ディードットステーション札幌東教室」の内観

一軒のパソコン教室を、自ら継ぐ。―「当たり前」を積み重ねて、もう一度息を吹き込むまで

地元・札幌で見出したのは、15年続く一軒のパソコン教室。

一見、課題だらけに見える場所を、藤井さんは「特別な集客もなく15年続いた、地域に必要とされてきた事業」と捉え、自ら現場の「先生」として運営のすべてを担うことから始めた。

「現場を知らずして、正しい改善はできないと考えたからです」

半年間、最前線で向き合ったのは、働く世代からシニアまで男女問わず幅広い層の生徒たち。

WordやExcelといった定番スキルのニーズに加え、そこには「一歩先のデジタル」への関心も眠っていた。

そこで藤井さんは、自身のバックグラウンドを活かし、AI活用やゲーム制作といった新しい視点をカリキュラムに導入。

既存の信頼という土台に、彼ならではの付加価値を乗せていった。

並行して、広告運用や口コミ改善など、これまで手付かずだった「今の時代の当たり前」を一つずつ実行。

「特別なことではなく、足りていない部分を一つずつ整えていく。それが再生の第一歩になります」

現場の課題に対して自らの手で解消していく。

その泥臭いプロセスこそが、確実な成果につながる最短距離なのかもしれない。



クリエイピア株式会社 代表取締役の画像

北海道という地盤を活かす—「信頼」から始まる確実な戦い方

拠点を北海道に置いた理由は、極めてシンプル。

「全く知らない土地でゼロから信頼を築くには、膨大なコストがかかります。でも地元なら、土地勘も人脈もある。母校の繋がり一つをとっても、それが最初から『信頼の貯金』として機能する。地方ビジネスにおいて、この地盤を活かさない手はありません」

東京で最先端のトレンドや投資の現場に触れたからこそ、地方に残る「顔の見える信頼関係」の強固さを再認識したという。

地元であることで話がスムーズに進む場面も多く、信頼関係を築くうえで大きな強みになる。

また、北海道には後継者不在の事業が多く残っている。それも、この地で取り組む意味の一つだ。「(札幌は)とにかく動きやすい」という実感をベースに、地域に根ざした事業をどう次につないでいくか。

北海道は、その実践の場として最も適した環境と言える。

古くからある「地盤」を大切にしながら、自身の持つITの力で中身を磨き上げる。このハイブリッドな手法こそが、藤井さんの導き出した「負けない戦い方」だ。



講師が生徒のキーボードを指差し、どのキーを打ち込むかを教えている様子

「段階を踏む」—無理をしない成長戦略

今後については、「段階的に広げていく」と語る。
いきなり大きな事業を引き継ぐのではなく、まずは小規模な事業で経験を積み、キャッシュフローを安定させる。

そのうえで、より規模の大きい領域へ。

「自分がコントロールできる範囲から始めるのが大事だと思っています」

現在は、次のステップとして医療分野の承継も関心を持っているという。
市場構造や収益性を踏まえながら、着実に次の展開を検討している。

特に歯科医院などの医療法人は、高齢化による後継者不在という課題を抱える一方で、運営を丁寧に整えることで、より長く地域に貢献できる可能性を秘めた領域でもある。

パソコン教室の現場で培った「足りていない部分を一つずつ整えていき、再び機能させる」という経験を、より大きな市場へと繋げていく。市場の構造を冷静に見極めながら、決して無理をせず、一歩ずつ。

藤井さんの描くロードマップに、迷いはない。



講師が生徒のパソコンのディスプレイを指差し、画面の説明をしている様子

共に挑む「仲間」への期待―経営者を育てる場としても

現在、藤井さんはクリエイピア株式会社の未来を共に創るパートナーを探している。

「単なるスタッフではなく、経営を担う役員候補を求めています。すでに基盤のある事業を再生させていくプロセスは、最高の経験になるはずです」

これから起業したい人や、事業を持ちたいと考えている人にとっても、一つの選択肢になるかもしれない。

藤井さんにとって、事業を継ぐことは、単に過去を守ることではない。

先人が築いた信頼を引き継ぎ、今の時代に合わせて事業を見直し、機能させていく。

札幌の小さなパソコン教室から始まった彼の挑戦は、日本の地方が抱える「後継者問題」という大きな課題に対する、一つの現実的なアプローチでもある。



講師が生徒と隣り合い、笑顔でパソコンのディスプレイを眺めている様子

編集後記

取材の最後、藤井さんが身につけているゴールドのアクセサリーについて尋ねてみた。

そこには、若き経営者ならではの「見られ方」への配慮と、少し意外なこだわりがあった。

「まだ20代ということもあり、現場ではどうしても若く見られがちです。だからこそ、身にまとうもので自分の立ち位置を意識し、相手にどう見られるかを考えることも一つの戦略だと思っています」

そう語る一方で、もう一つの理由として「風水」を挙げた。

「運気も、味方にできるものは全部味方にしたいんです。やれる準備をすべて整えて、最後は運も引き寄せる。それくらいの気持ちでいたいので」

どれだけロジックを積み上げても、最後は「運」さえも味方につける。

それは、自分の力で事業を動かしていく者としての、ある種の覚悟に近いもののように感じられた。

冷静な分析と、泥臭い実行。そして、ときには縁起も担ぐ。

その積み重ねが、彼の取り組みを少しずつ形にしている。