【保険外の看護師がいるという選択肢】「最後までやりたいことを諦めない」ベテラン看護師の挑戦【株式会社cocole】
- 2025-07-24
- michimichi編集部

「看護師は病院の中だけで働く人」――そう思っていませんか?
ぼくはそう思っていました。

こんにちは。ミチミチマガジン編集部のゆうじろうです。
実はいま、病院ではできないことを外で支える“保険外”の看護サービスが広がりつつあるそうです。
たとえば、がん末期の人が「最後にもう一度、海を見たい」と願ったとき。
結婚式に「入院中のおばあちゃんも来てほしい」と願ったとき。
病院では「制度上できません」と言われることでも、それを実現する“看護師”がいるのです――!

……と、えらそうに書き出したものの、「保険外看護」なんてことばは聞いたことがありません。
なので、北海道・札幌市で保険外看護の会社を立ち上げ、「ナースプランナー」として活動する看護師・道下淳子さんをお迎えし、お話を伺うことにしました。


「保険外看護って知ってる?」…コロナ禍で見た現実
看護師として豊富なキャリアを持つ道下さんが展開している保険外看護サービス。この事業をはじめることになった原点のひとつに、コロナ禍での体験があったそうです。
「コロナ禍のとき、防護服を着て、発熱外来や療養施設で働いていたんです。あの時、本当にたくさんの“理不尽”を見ました。誰にも看取られず亡くなる人や、久しぶりに登校したらクラスターで感染して…そんな人ばかりでした」
看護師として最前線に立っていたからこそ、
「制度の中でできることの限界」を痛感する日々でもありました。
「あるご夫婦がいて、2人ともコロナにかかって。奥さんは重症でICU、旦那さんは軽症だからホテル療養。
ある日、旦那さんに『今夜がヤマです』と連絡が来たんです。『最後に会いたい』と願っても、療養期間が終わるまでは外に出られない。どこに掛け合っても“ルールです”と言われてしまう」
そのご主人が言ったことを、道下さんは忘れることができません。
「『俺、何のために生きてるんだろう』って」
そのとき、道下さんは思ったといいます。
「私は何のために看護師になったんだろう」
病院ではできないことを、外で支える
「結婚式に行きたいって言われても、病院の看護師にはどうにもできなかった。でも、病院の外でなら、できるかもしれない。そう思ったんです」
道下さんが保険外看護を始めたのは2021年。コロナ禍まっただ中の頃、個人事業主としてのスタートでした。
最初は発熱外来で働きながら、細々と活動していたそうです。
「それでも“やりたいことがある人”に、看護師としてできることはたくさんあるってわかってきて」
やがてその想いに共感する人が増え、2023年には法人化。今では札幌で保険外看護専門の「ナースプランナー」(後述)として、看護師のネットワークを広げています。
「何ができるの?」「何でもOK!」
保険外看護と聞いても、「何を依頼していいの?」と疑問に思いますよね。なので道下さんに聞いてみました。
「全然、なんでもOKなんですよ。
病院から頼まれるケースもありますし、個人の方からの依頼もあります」

たとえば病院のケースだと、人工呼吸器が必要な人の転院搬送。
「以前は病院の看護師やお医者さんが同行してたんですけど、それだと院内の人手が足りなくなっちゃう。
外部の看護師が同行すれば、病院の負担も減るし、患者さんも安心できるんです」
そして、個人の依頼では――
- 結婚式への付き添い
- 毎年恒例の旅行に、今年も行きたい
- バラが咲いた庭を、おじいちゃんに見せてあげたい
- 診察に一緒に行って、医師の説明を正しく理解して家族に伝えてほしい

「“そんなこともできるの?”ってよく言われます。でも、できるんですよ」
「“断らない”主義」…最後の希望になれるなら

「うちは“断らない”主義なんです。
制度の中でできないからこそ、私たちに依頼が来るんです。
それなのに私たちが断ってしまったら、その人はもう、あきらめるしかないじゃないですか」
この姿勢こそ、道下さんが保険外看護を“仕事”として続けている理由です。
「病気や障害があるからって、旅行や結婚式を諦めなきゃいけないの?
そんなの、絶対おかしいって思うんですよ」
中には、がん末期で余命わずかの女性が「最後に海を見たい」と願ったことも。
「娘さんは“連れて行ってよかったのかな”って悩んでました。
お母さん、意識がずっと朦朧としていたから。でも、帰ってきたときに目を開けて、『ありがとうございました』って言ったそうなんです。
それを聞いて、娘さんは“ああ、伝わってたんだな”って…」
その女性は、ほどなくして亡くなりました。
けれど、家族は「やり残したことはないね」と笑顔で送り出せたそうです。
「“後悔のない最期”って、本人だけじゃなく、家族の気持ちも変えるんですよね」
「料金が高いのでは?」という声に答えます
保険外と聞くと、「すごく高そう」「お金持ち向け?」というイメージを持つ人も多いかもしれません。
でも、道下さんの会社では1時間5,500円(税込)から。
思ったほど高くない印象です。
「酸素や点滴など医療行為が入る場合は加算されますが、基本的にはそれくらいです。
高級サービスというより、“必要な人に届いてほしい”という思いで設定してるんです」
たとえば…
- 遠方に住んでいる家族が、親の通院に毎回飛行機で帰ってくる。
- 旅行先で障害のある家族を介助しなきゃいけない。
- 妻や夫が毎日、介護で心が限界に来ている。
こういった状況で「安心して任せられるプロがそばにいる」ということは、大きな価値になるはずです。
看護師の新しい働き方を、つくる
「病院の看護師じゃない働き方が、あってもいいと思うんです」
道下さん自身、看護師として長年病院に勤めていた間にさまざまなライフステージの節目を経験しました。
結婚・出産・育児――人生にはいろいろな変化があります。
「“おかえり”って子どもに言ってあげたいお母さんでもありたいし、でも看護師としてもやりがいを持ちたい」
道下さんが始めた保険外看護は、そんな「家庭」と「やりがい」のどちらも大事にできる選択肢でもありました。

そしていま、道下さんのもとには、同じように悩んできた看護師たちが集まりつつあります。
「“夜勤ができない”“病院に戻れない”って悩んでる看護師さんたちが、SNSを見て『私もやりたい』って言ってくれるんですよね」
“なんとなく”ではやらせない。だから半年の講座をつくった
道下さんの会社では保険外看護を始めたい人たちのために、半年間の講座を用意しています。
「誰でも簡単に始められるものじゃない。だって、現場に1人で行くわけですから」
患者の急変、医師との連携、必要な処置…。
病院では“チーム”で支えるけど、外では“1人”で背負うことになります。
「だから最低でも看護師経験5年以上。さらに“本気の思い”を持ってる人としかやりたくないんです」
半年の講座では、受講生の得意分野を一緒に探し、どうすれば“選ばれる看護”になるのかを考えていきます。
「たとえばドクターヘリに乗ってた人なら、救急の搬送を得意にできる。
小児科経験が長い人なら、病児保育に強くなれる。
それぞれの“強み”を磨くことが大事なんです」
講座を受講後に名乗ることができる「ナースプランナー」。
商標も取得済みです。
「ブライダルプランナーやファイナンシャルプランナーのように、看護師も“その人の人生に寄り添うプラン”を提案する存在になれたらと願ってつけた名前です」
札幌に“地域の保健室”をつくりたい
保険外看護の活動の中で、道下さんがずっと感じてきたことがあります。
「病気になる前から相談できる場所が、まったくない」
そこで2025年9月に、南区に訪問看護ステーションを開設することにしました。
常駐の“保健師”を置き、地域に根ざした「保健室」もつくる予定です。
「保育園や小学校の保健室みたいに、“ちょっと相談したい”って気軽に来られる場所にしたいんです」
対象は、お年寄りも、子育て中のお母さんも、小さな子どもたちも。
どんな悩みでも、誰でも、医療者が一緒に考えてくれる“安心の場所”。
「『うちの子、発達に心配があるけど誰にも相談できない』
『親の介護で悩んでるけど、何から手を付けていいか分からない』
そんな声を受け止める場所が、本当に必要なんです」
最後まで家で過ごしたい。その願いをかなえる「施設」をつくる
「日本人の8割は“最期は家で死にたい”って言ってるのに、実際に家で亡くなる人は2割しかいないんです」
そのギャップを埋めるため、道下さんが将来的に実現したいと考えているのが、看取りができる保険外施設の設立。
病院では制限が多すぎる。
自宅では家族の負担が大きすぎる。
だからこそ、その“間”にあたる場所が必要なのだといいます。
「たとえば余命数日の方が、“家族と一緒に泊まり込んで過ごせる”ような場所。
“最後に一緒にテレビを見て笑えた”とか、そういう時間をつくれる施設をつくりたいんです」
施設は、看護・介護のプロが見守りながらも、家のように自由に過ごせる空間。
「ここに頼めば“まるっと全部”なんとかしてくれる。そんな存在になりたいんですよね」
「私、看護師なのに…自分の結婚式に、おばあちゃんを呼ぶのを諦めたんです」
おばあちゃん子だった道下さんですが、当時祖母は入院中でした。
「周りの看護師にお願いすれば、絶対連れてくることはできた。でも、(招待した同僚には)結婚式だから楽しんでほしいと思ってしまって…
だから、今でも後悔してるんですよ。毎年、結婚記念日がくるたびに」
その思いが、いまの原動力にもなっています。
「誰にも、あきらめてほしくない。後悔してほしくない。
患者さんも、ご家族も、みなさんがそんな思いをすることのないようにサポートしていきたいんです」

挑戦は、始まったばかり。
でも、間違いなくその一歩は、「新しい選択肢」として存在感を高めつつあります。